『不安』の正体とは?外発的動機 ほんとうにやりたいことを表現する前に、やらなければならないという考えを手放す。
経営者のほんとうにやりたいことから
経営計画を策定する
と昨日のブログに書いた。
実はこれはかなり高度なことなんです。
なぜなら、僕らはやりたいことを
表現することを教わってないから。
そして、
「~べき」「~ねば」
をたくさん教わって
これをもとに行動しているケースが多い。
特に仕事になると顕著に
なるのではないのだろうか?
これで策定された経営計画は苦しい。
なぜならば、誰かの価値観を
鵜呑みにしたもので、
計画が策定されているから。
そして、作っている本人は
あたかも自分の考えだと思っている。
自分の中から湧いてきたものではなくて、
こうした方がいいという、その人が
受け取った価値観の正解が計画になる。
言葉には表れていないけど、
目標という名前に変わって表現されてくる。
これではやる気が起きない。
経営計画を作ることが目標になっている。
作ったことで安心感を得るために。
この「~べき」「~ねば」
をまず意識して、認めることから始まる。
これが当たり前になっているから
自分や社員を縛り付けている、
「~べき」「~ねば」
に気づけない。
気づいてないから、目標達成できなかったり、
やる気が出ない自分や社員を責める。
言葉に出すか、出さないかは別として。
そして、これが『不安』の正体だったりする。
原因がわからないけど、目標達成できない。
なんだかわからないけど、やる気が出ない。
これは外発的動機をもとにしているから。
本人から湧いて出てきた欲求、
内発的動機ではなくて、
やらねばならないものに向かって、
もっと言えば、ほんとうはやりたくないから
やる気が湧かないのに、頑張らねば
ならないから。
そして、湧いてきた欲求ではないので、
やり方も画一的になりがち。
画一的とは、過去の成功体験だったり、
他で上手くいっているとかの情報だったり。
内発的動機のように自由さや自在さがない。
仕事で想像できなければ、遊んでいる時を
イメージしてみよう。
時間を忘れて、あれやこれや、工夫して
いるのではないだろうか?
ネットやYouTubeで情報収集して
いるのではないだろうか?
まずは、この気持ち、行動の差に、気づく。
そして、計画をするときに、
ほんとうに必要か?必要でないのか?
自分の感覚で取捨する。
わかりやすくいうと、
「やりたいなら、やってみよー」
「いやいややっているなら、やめてしまえ」
なのである。
この「やめてしまえ」は2通りある。
一つはほんとうにやめてしまう。
そのこと自体をやめる。
年間数件しかないとか、
機材を買ってしまったからとか、
もし、こんな要望があったら
というようなもの。
あるいは、利益はないのに、忙しい
請負仕事とか。
僕は以前、会社の仕事量の半分を占める
下請け仕事を辞めた経験がある。
その当時は、恐ろしい決断だった。
その仕事量を取り戻すのは数年かかったが、
もともと利益は少なかったので、
減った利益はすぐに取り戻せた。
怖がって先延ばしにしていた時間が
もったいなかった。
もう一つは外注する。
自分や自分の会社よりも得意としている
ところにお願いをする。
これは、お客様からは今まで通りに
仕事を受けるし、売上も変わらないから、
導入しやすい。
しかし、経費がかかるから、利益は減る。
そこで出来た時間的、精神的余裕を使って
「やってみよー」
の新商品開発をする。
このやめてしまうことは、
心理的にかなり効果がある。
心の負担になっていたことをやらなくて済む
苦手なことの納期を焦らなくて済む。
より得意な人に頼むと出来栄えや
納期が短くなって、お客様に喜ばれる。
やめることで、
『不安』が解消されるのである。
これをなかなか、選択しにくい。
ましてや、売上や利益に
つながっていることなら、なおさらである。
だからこそ、一度、問題や不安を
プロのセラピストに吐き出して、
それを整理してもらう。
全部、吐き出した中から、必要なものだけを
また、もとに戻す。
この必要なものとは、
なぜ?この会社を経営していくのか?
という経営者の理念や想いの部分
その、理念や想いを原動力として、
経営計画を作り直すことができる
可能性を秘めているのが
ビジネスシーンにセラピーを
という考えです。